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那覇地方裁判所 平成4年(行ウ)15号 判決 1996年4月02日

沖縄県中頭群嘉手納町字嘉手納四六〇番地の一三

原告

知花賢明

沖縄県沖縄市字美里一二三五番地

被告

沖縄税務署長 呉屋昌治

右指定代理人

原田勝治

安里国基

宮城安

呉屋育子

大城守男

桃原仁

宮里勝也

松田昌

主文

一  原告の請求中、被告が原告の昭和六〇年分、昭和六一年分及び昭和六二年分の所得税につき、平成元年二月一三日付でなした延滞税を賦課する旨の決定の取り消しを求める部分はこれを却下する。

二  被告が原告の昭和六〇年分、昭和六一年分及び昭和六二年分の所得税につき、平成元年二月一三日付でなした各過少申告加算税を賦課する旨の決定を取り消す。

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、これを五分し、その四を原告の負担、その余を被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が原告の昭和六〇年分、昭和六一年分及び昭和六二年分の各所得税について、平成元年二月一三日付でなした各更正並びに過少申告加算税及び延滞税を賦課する旨の各決定を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和六〇年分、昭和六一年分及び昭和六二年分の各所得税の確定申告の法定申告期間内に、被告に対し、原告の所得金額及び所得税額を別表一の「確定申告」欄記載のとおり申告した。

2  原告は、原告に対し、平成元年二月一三日付で、(一)昭和六〇年分の所得税につき、所得税額金六二〇万四〇〇〇円、過少申告加算税金五七万二〇〇〇円、(二)昭和六一年分の所得税につき、所得税額金一一八一万八四〇〇円、過少申告加算税金一一三万一〇〇〇円、(三)昭和六二年分の所得税につき、所得税額金一一一一万五〇〇〇円、過少申告加算税金一六〇万八五〇〇円との各更正及び賦課決定(以下「本件処分」という。)をなし、さらに、各確定申告期限の翌日から納付する日まで年七・三パーセント(納期限である平成元年三月一三日の翌日から二月を経過した日以降は年一四・六パーセント)の割合による延滞税を納付するよう通知した。

3  原告は、平成元年三月二二日、被告の本件処分につき異議申し立てをしたが、被告は、平成二年六月七日、被告は、平成二年六月七日、これを棄却する旨の決定をした。

4  そこで、原告は、平成二年七月六日、国税不服審判所長に審査請求をしたが、同所長は、平成四年六月二六日、これを棄却する旨の裁決をし、右裁決書は、同年七月一日、原告に送達された。

5  しかしながら、原告の昭和六〇年分、昭和六一年分及び昭和六二年分の各所得金額及び所得税額は、当初申告した額を超えない。したがって、被告のなした本件処分は、いずれも違法であるから、その取り消しを求める。

二  請求原因に対する認否及び被告の主張

1  請求原因1ないし4の各事実は認め、同5の事実は争う。

2  本件処分の経緯について

(一) 原告は、昭和六〇年分ないし昭和六二年分の所得税について、不動産収入と不動産取得のみを申告したが、原告には、昭和六〇年分ないし昭和六二年分において、有価証券の取引が相当数あると見込まれたので、被告は、所部係官である平良邦利(以下「平良」という。)をして、原告の所得税の調査に当たらせた結果、原告が証券会社において行った有価証券の売買取引が別表二の一ないし四の九のとおり認められ、相当額の利益を得ていることが確認できた。

(二) そこで、平良は、昭和六三年一二月九日、原告に対して事情聴取したところ、原告は右事実を認めたので、平良は、原告が証券会社で行った有価証券の売買取引が所得税法で規定する非課税所得に該当しないことを説明し、原告に修正申告するように促したが、原告はこれに応じなかった。

(三) そのため、被告は、右調査に基づき、原告の昭和六〇年分ないし昭和六二年分の雑所得の金額を算定し、平成元年二月一三日付で、別表一の「更正処分」欄記載のとおり、本件処分を行ったものである。

3  本件処分の適法性について

(一) 所得税法九条一項一一号(昭和六三年法律第一〇九号による改正前のもの。以下同じ。)は、有価証券の譲渡による所得のうち、同号イないしニに掲げる所得以外のものを非課税所得とするが、これから除外されるものとして、同号イにおいて、「継続して有価証券を売買することによる所得として政令で定めるもの」と規定し、これを受けた所得税法施行令二六条一項(昭和六二年政令第三五六号による改正前のもの。以下「政令」という。)は、これを、有価証券の売買を行う者の最近における有価証券の売買の回数数量又は金額、その売買についての取引の種類及び資金の調達方法、その売買のための施設その他の状況に照らし、営利を目的として 継続的行為と認められる取引から生じた所得と規定し(実質基準)、同条二項は、株式又は出資の売買回数が五〇回以上であり、かつ、売買をした株式又は口数の合計が二〇万以上である場合には、その他の同条一項に規定する取引に関する状況がどうであるかを問わず、営利を目的とした継続的行為と認められる取引から生じた所得とする旨規定していた(形式基準)。

(二) したがって、株式の売買による所得は、右政令の規定に該当する場合には有価証券の継続的取引により生じた所得として課税所得となり、そうでない場合には所得税法九条一項一一号の非課税所得となる。

(三) 株式売買の回数の算定基準であるが、一般の投資家が有価証券市場を利用して証券業者に委託して有価証券の売買取引を行う場合は、その委託契約の回数によって算定すべきである。そして、その委託契約の回数は、一般的には、株式の銘柄、値段、数量、売付と買付の別、注文の有効期間等を要素とする注文の回数に還元することができる。すなわち、株価は時々刻々変動するものであり、注文の日時が異なれば、顧客の取引の意思も異なるから、日時の異なる委託契約は別個の契約であり、注文した株式の値段、数量が異なれば、顧客の取引の意思としては別個であるから、委託契約は別個であり、また、売付と買付とでは、顧客の取引の意思は全く異なるから、たとえ同一日時にあったとしても、委託契約は別個となる(ただし、同一日時に複数の銘柄の株式の売付又は買付を一括して注文した場合は、顧客の取引の意思としては、売付又は買付という一個の意思とみることができるから、委託契約は一個とみてよい。)。

(四) 原告の昭和六〇年分ないし昭和六二年分の株式売買の回数は、別表二の一ないし四の九のとおり、昭和六〇年分が八七回、昭和六一年分が一〇三回、昭和六二年分が一〇五回となり、これらの売買回数は、いずれも、前記した政令二六条二項に規定する形式基準に該当し、のみならず、本件株式売買取引は、規模等から総合的に判断して同条一項に規定する営利を目的とした継続的取引行為(実質基準)に該当する。

(五) よって、被告のなした本件処分は適法である。

三  被告の主張に対する原告の反論

被告の本件処分は、次の理由により違法である。

1  信義則違反

原告は、昭和五九年三月一九日に沖縄税務署に、同年四月四日に那覇税務署に、昭和六〇年ごろに名護税務署に、それぞれ、電話をかけ、また、昭和五九年三月二二日に沖縄税務署に行き、各税務署職員に対し、株式の売買について所得申告しなければならない場合を相談したところ、税務署職員は、いずれも、「買って売る」組み合せを一回として、これを年間五〇回以上、かつ、二〇万株以上の場合に、所得申告するものであるなどと説明した。

しかるに、後になって、「買って一回、売って二回」と数えるのであり、その数え方で年間五〇回を越えているから、所得申告をしなければならないとするのは、信義則に反する(なお、「買って売る」組み合わせを一回とすれば、原告の株式売買の回数は、昭和六〇年分が二三回、昭和六一年分が三五回、昭和六二年分が三九回であり、いずれも年間五〇回以内に抑えられている。)。

2  国税通則法六五条四項の「正当な理由」の存在

右1記載の事情においては、国税通則法六五条四項の「正当な理由」がある場合に当たるというべきである。

3  国税通則法一一一条違反

原告は、被告に対し、平成元年三月二二日付で異議申し立てをした。

国税通則法一一一条は、三か月以内に異議決定をしないときには遅滞なくその異議申し立てにかかる処分について直ちに審査請求をすることができる旨を書面で異議申立人に教示すると共に、異議申し立てにかかる処分の理由を教示の書面に記載しなければならないと規定しているにもかかわらず、被告は、三か月以内に異議決定をせず、また、教示も行わなかった。

被告は、平成二年六月七日付で右異議申し立てを棄却する旨の決定をしたが、これは、右規定に反する決定であるから、本件処分も違法となる。

4  憲法三〇条、八四条違反

憲法三〇条では、国民はみな納税の義務を負うとされている。

それにもかかわらず、被告は、昭和六〇年ないし昭和六二年において、原告以外にも、課税対象となる二〇万株以上、五〇回以上の株式取引をし、利益を得ている者がいるのに、それらの者には課税せず、特に利益の多い原告に対してのみ課税しているのは、憲法三〇条及び租税法律主義を規定する憲法八四条に反する。

四  原告の反論に対する被告の再反論

1  信義則違反の主張について

(一) 一般に、納税相談には、相談者からの電話に税務署職員が応対するものと相談者が税務署に来署して行うものがあるが、各税務署とも、特定の相談担当者を配置しているわけではなく、たまたま電話を受けたり窓口で応対した職員が相談に応じているものであり、また、相談内容を書面として残す取り扱いになっていないため、相談担当者もその内容を逐一記憶していない実情にある。原告が主張する納税相談について、沖縄、那覇及び名護の各税務署につき調査した結果、各税務署とも、相談内容を書面として残す取り扱いになっていないため、文書による確認はできず、また、右三署の当時の統括国税調査官及び内部事務担当者に事情を聴取したが、いずれも、右事実の確認を得られなかった。

以上のとおり、原告が主張する納税相談の事実は、これを認めることはできない。

(二) かりに、原告が主張する納税相談の事実が認められるとしても、以下のように、単に、納税相談において誤った回答をしたというだけでは、更正処分の取り消し事由となるものではない。

すなわち、課税処分における信義則の適用について、最高裁判所は、「租税法規に適合する課税処分について、法の一般原理である信義則の法理の適用により、右課税処分を違法なものとして取り消すことができる場合があるとしても、法律による行政の原理なかんずく租税法律主義の原則が貫かれるべき租税法律関係においては、右法理の適用については慎重でなければならず、租税法規の適用における納税者間の平等、公平という要請を犠牲にしてもなお当該課税処分に係る課税を免れしめて納税者の信頼を保護しなければ正義に反するといえるような特別の事情が存する場合に、初めて右法理の適用の是非を考えるべきものである」とした上、「右特別の事情が存するかどうかの判断に当たっては、少なくとも、税務官庁が納税者に対し信頼の対象となる公的見解を表示したことにより、納税者がその表示を信頼しその信頼に基づいて行動したところ、のちに右表示に反する課税処分が行われ、そのために納税者が経済的不利益を受けることになったものであるかどうか、また、納税者が税務官庁の右表示を信頼しその信頼に基づいて行動したことについて納税者の責めに帰すべき事由がないかどうかという点の考慮は不可欠なものであるといわなければならない。」とし、また、下級審の裁判例においても、同旨のものがある。

(三) これに基づいて、本件で原告の主張する税務署職員の指導について信義則又は禁反言の法理が適用されるべき特別の事情がある否かを検討するに、(1)原告は、相当数の有価証券の売買回数により、多額の売買益を得ていたものであり、たとえ、税務署職員の有価証券の売買の回数の数え方に誤りがあったとしても、原告には、税務署職員による指導、助言等を吟味すべき注意義務が存するというべきであること、(2)原告は、税務署職員に対し、有価証券の売買取引に関する課税要件事実を具体的に開示しておらず、ごく一般的な問い合わせにすぎないと思われること、(3)これに対する税務署職員の回答も、税務署長等の権限ある者の公式の見解の表明とは受け取れないこと、(4)申告納税方式を建前とする確定申告は、納税者が自己の判断と責任において行うものであること、(5)被告がなした本件処分は、所得税法に則り、適正に税額を通知したものであり、これによって、原告が、信義則の適用により救済すべき税法上重大な不利益を被ったとは認められないこと、(6)一般に、納税相談は、税務署側で具体的な調査を行うものではなく、相談者の一方的な申し立てに基づき、その範囲内で、行政サービスとして、納税申告をする際の参考とするために、税務署の一応の判断を示すものであり、かりに、その相談が、課税に係わる別個具体的なものであったとしても、その助言内容どおりの納税申告をした場合には、それに是認することまでを意味するものではなく、最終的にいかなる納税申告をするべきかは、納税義務者の判断と責任に任されていることからすれば、納税相談における助言は、それが税務署長等の権限のある者の公式の見解の表明と受け取れるような特段の事情のない限り、信頼の基礎となる公的見解というには不十分というべきであること、以上のことからして、本件処分に信義則の法理を適用すべき特別の事情は存在しないというべきである。

2  国税通則法六五条四項に規定する「正当な理由」の存在の主張について

(一) 国税通則法六五条四項は、修正申告書の提出又は更正により納付すべき税額のうち、納税者に正当な理由がある部分については過少申告加算税を課さない旨規定している。ここで、「正当な理由」がある場合とは、(1)税法の解釈に関して、申告当時に公表されていた見解が、その後、改変されたことに伴い、修正申告をし、又は、更正を受けるに至った場合、(2)災害又は盗難に関し、申告当時に損失とすることを相当としたものが、その後、予期しなかった保険金、損害賠償金等の支払いを受け、又は、盗難品の返還を受けた等のため、修正申告をし、又は、更正を受けるに至った場合、(3)その他、真にやむを得ない理由があると認められる場合のように、納税者に過少申告加算税を賦課することが不当もしくは酷になる場合を言う。

(二) かりに、原告が主張するように、原告からの問い合わせに対して、税務署職員が誤った回答を行った事実があったとしても、そのことだけでは、「納税者に過少申告加算税を賦課することが、不当若しくは酷になる場合」に該当するとは認められない。

(三) したがって、本件においては、国税通則法六五条四項の「正当な理由」があるとはいえず、本件の過少申告加算税の賦課決定処分は適法である。

3  国税通則法一一一条違反の主張について

(一) 被告が原告に対して原告が主張する教示を行わなかったことは認める。

(二) しかしながら、右教示は、法令の不知等により、国民が権利救済の機会を失することのないようにとの配慮に基づき設けられたものであるから、右教示がなかったからといって、そのために、異議申し立てがされた処分が違法性を帯びることはない。

第三証拠

本件訴訟記録中の書証目録の記載を引用する。

理由

一  請求原因1ないし4の各事実は、当事者間に争いがない。

二  延滞税について

更正のあった場合における所得税に附帯する延滞税は、更正の結果、更正通知書に記載された更正により納付すべき税額(更正により納付すべき税額が新たにあることとなった場合には、当該納付すべき税額)があるときに、法律上当然に納税義務が成立し(国税通則法六〇条一項)、それと同時に特別の手続きを要しないで納付すべき税額が確定するものであるから(同法一五条三項八号、六〇条二項)、税務署長が更正通知書の送達に併せてなした延滞税を納付すべき旨の通知は、延滞税の賦課決定でも、納税の請求手続きでもなく、単に、延滞税の申告納付義務が存する旨の観念の通知にすぎないものであり、したがって、これは、抗告訴訟の対象となる行政庁の公権力の行使に当たる行為(行政事件訴訟法三条一項)ということはできないから、その取り消しを求める訴えは、対象たる行政処分を欠くものとして不適法といわなければならない。

よって、原告の本訴請求中、被告が原告の昭和六〇年分、昭和六一年分及び昭和六二年分の各所得税につき、平成元年二月一三日付けでなした更正通知書の送達に併せてなした延滞税を納付すべき旨の通知をもって延滞税の賦課決定と捉え、その取り消しを求める部分は不適法である。

三  更正処分について

1(一)  原本の存在及び成立の争いのない乙第八号証の一ないし九二、九号証の一ないし一〇八、一〇号証の一ないし一〇九、証人宮里謙二の証言、原告本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すると、原告は、沖縄証券株式会社に委託して、昭和六〇年中には別表二の一ないし六記載の合計七一万八〇〇〇株の、昭和六一年中には別表三の一ないし八記載の合計一〇九万四六〇〇株の、昭和六二年中には別表四の一ないし九記載の合計一五七万株の各株式売買を行ったこと、これによって原告は別表一の「雑所得」欄記載のとおり、昭和六〇年には金一六三五万六六八九円の、昭和六一年には金二六五六万七七四七円の、昭和六二年には金二六二四万〇〇三四円の各収入を得たことが認められる。

(二)  所得税法及び同法施行令は、有価証券の譲渡による所得について、営利を目的とした継続的行為と認められる取引から生じた所得のみを課税の対象とし(同法九条一項一一号イ、同法施行令二六条一項)、その認定については、有価証券の売買の回数、数量、金額、取引の種類、資金の調達方法、売買のための施設その他の状況に照らして判断するが(政令二六条一項)、当該年中における株式又は出資の売買回数が五〇回以上であり、かつ、売買をした株数又は口数の合計が二〇万以上である場合には、右売買による所得は、営利を目的とした継続的行為と認められる取引から生じた所得とすると規定していた(同条二項)。

ここで、株式の売買回数の算定基準が問題となるが、まず、投資家が証券業者に委託して有価証券の売買取引を行う場合には、投資家が証券業者に対してした委託契約の回数によって算定すべきである。なぜなら、当事者の予期しない事情でその回数が左右されることがないようにすべきであるからである。そして、委託契約の回数の算定は、当事者の意思解釈の問題であるから、一般的には、株式の銘柄、値段、数量、売付と買付の別、注文の有効期間等を要素とする注文の回数によるべきである。なぜなら、株価は時々刻々変動するものであるから、注文の日時が異なれば、顧客の取引の意思も異なるからであり、また、注文した株式の値段、数量が異なれば顧客の取引の意思としては別個であるからであり、さらに、売付と買付とでは、顧客の取引の意思は全く異なるから、たとえ同一日時にあったとしても、委託契約は別個と考えるべきであるからである(ただし、同一日時に複数の銘柄の株式の売付又は買付を一括して注文した場合は、顧客の取引の意思としては、売付又は買付という一個の意思とみることができるから、委託契約は一個とみてよいと考える。)。

(三)  前記(一)で認定した原告の株式売買の状況に、右基準を当てはめて、原告の昭和六〇年分ないし昭和六二年分の株式売買の回数を計算すると、それは、別表二の一ないし四の九の「売買回数」の欄記載のとおり、昭和六〇年分が合計八七回、昭和六一年分が合計一〇三回、昭和六二年分が合計一〇五回となる。

(四)  以上のことからすれば、原告の昭和六〇年分ないし昭和六二年分の株式売買は、いずれも、政令二六条二項に規定する当該年中における株式又は出資の売買回数が五〇回以上であり、かつ、売買をした株数又は口数の合計が二〇万以上である場合に該当するから、当然に、これによる所得は、政令二六条一項の規定に該当する営利を目的とした継続的行為と認められる取引から生じた所得となり、したがって、同法九条一項一一号イに規定する所得として、課税の対象となることになる。

2(一)  次に、原告は、かりに、原告の本件各申告が誤りであったとしても、原告は、本件株式売買以前に、株式売買による所得の課税要件について税務署職員に問い合わせ、それに対する回答に沿って本件申告をしたものであるから、それと異なる考え方に基づいて本件更正処分をすることは信義則に反する旨主張するので、以下、この点につき検討する。

(二)  一般に、租税法規に適合する課税処分であっても、法の一般原理である信義則の法理の適用によりそれを違法なものとして取り消すべき場合があることは認められる。

しかしながら、租税法律関係においては、法律による行政の原理、特に、租税法律主義の原則が貫かれるべきであるから、右法理の適用については慎重であるべきであって、租税法規の適用における納税者間の平等、公平という要請を犠牲にしてもなお当該課税処分に係る課税を免れしめて納税者の信頼を保護しなければ正義に反するといえるような特別の事情が存する場合に、初めて右法理の適用の是非を考えるべきものであり、右特別の事情の有無の判断に当たっては、少なくとも、税務官庁が納税者に対し信頼の対象となる公的見解を表示したことにより、納税者がその表示を信頼しその信頼に基づいて行動したところ、のちに右表示に反する課税処分がなされ、そのために納税者が経済的不利益を受けることになったか否か、また、納税者が税務官庁の右表示を信頼しその信頼に基づいて行動したことについて納税者に責めに帰すべき事由がないか否かについて考慮する必要があるというべきである(最高裁判所第三小法廷昭和六二年一〇月三〇日判決参照)。

(三)  そこで、本件についてみるに、原告本人尋問の結果により真正に成立したと認められる甲第一ないし第四号証、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、(1)原告は、昭和五九年三月一九日に、沖縄税務署に電話をかけ、税務署職員に対し、株式売買に関する所得税の申告について、「株はどのような場合に所得申告をして、どのような場合に所得申告しなくてもよいのか。五〇回以上というと、買って売ったら一回か、それとも買ったときに一回売ったときに二回と計算するのか。」などと問い合わせたところ、税務署職員は、原告に対し、「株の売買の場合、買って売る組み合わせで一回と計算し、それが五〇回以上、かつ二〇万株以上の場合に所得申告する。」などと説明したこと、(2)原告は、昭和五九年三月二二日に、沖縄税務署に行き、税務署職員に対し、株式売買に関する所得税の申告について、同月一九日の電話による問い合わせと同様の問い合わせをしたところ、税務署職員は、原告に対し、「株の売買の場合、五〇回以上、二〇万株以上の売買があり、利益があった場合に限って所得申告する。五〇回以上というのは、買ってその株を売ったときに一回と計算する。」などと説明したこと、(3)原告は、昭和五九年四月四日に、那覇税務署に電話をかけ、税務署職員に対し、株式売買に関する所得税の申告について、「買って売ったときに一回と計算するのか、それとも買ったときに一回売ったときに二回と計算するのか。」などと問い合わせたところ、税務署職員は、原告に対し、「株の売買の場合、買ったものを売るときに一回と計算する。買ったときのものは計算に入らない。」などと説明したことが認められる(なお、原告は、昭和六〇年ころ、名護税務署に電話による問い合わせをし、右同様の説明を受けたと主張するが、右事実を認めるに足りる証拠はない。)。

このように、本件においては、原告の問い合わせに対し、税務職員が三回にわたって誤った回答をしたことが認められる。

(四)  一般に、納税相談は、相談者の一方的な問い合わせに対して、その情報の範囲内で、税務署の一般的、抽象的判断を示すにとどまるものであり、そして、本件における各税務署職員の回答も、原告の一般的な問い合わせに対する回答としてなされていることが認められる。

以上を前提として、本件において、信義則が適用される特別の事情が存するか否かについて検討するに、本来、申告納税制度の下では、税の確定申告は、納税者が自己の判断とその責任おいて行うものであり、本件のような納税相談は、確定申告しなければならない納税者の便宜のため、行政サービスの一環として、納税者において、納税申告する際の参考とするために、税務署職員が、各自の有する知識を前提として、一応の判断を示すにすぎないものであって、税務官庁の公的見解とはいえないこと明らかである。このような納税相談の結果に信義則の原則が適用されるとすれば、かかる行政サービスがこれまでのように適宜に対応できなくなることはもちろん、納税相談の存続も危ぶまれる結果となることは容易に想像でき、相当でない。また、本件のように、各税務署職員が一般的な知識をもって即答したことに対する信頼は、税務官庁の公的見解に対する信頼に比して、信頼の程度に格段の差があるというべきであり、そのようなものに対する信頼を基礎として、租税法律主義の原則の下における納税者間の平等や公平を損なうことは到底容認できない。

したがって、本件においては、信義則が適用される特別の事情は認められないというべきである。

以上により、本件更正処分については、信義則の法理の適用を考える余地はないといわなければならない。

3  なお、原告は、本件更正処分は国税通則法一一一条に違反する旨主張する。

しかしながら、国税通則法一一一条は、異議申し立て後三か月経過により審査請求をすることができる場合には、異議審理庁は、遅滞なく、異議申立人に対して、書面で、審査請求をすることができる旨を教示すべき旨を規定しているが、これは、制度、法令について国民が不知のために救済の機会を失することのないようにとの配慮から定められたものであるから、この手続きが履践されなかったからといって、それだけで異議申し立てにかかる処分が違法となることはない。したがって、原告の右主張は理由がない。

4  また、原告は、昭和六〇年分ないし昭和六二年分において、原告以外にも、課税対象となる二〇万株以上、五〇回以上の株取引をし、利益を得ている者がいるのに、それらの者には課税せず、特に利益の多い原告に対してのみ課税しているのは、憲法三〇条及び租税法律主義を規定する憲法八四条に反する旨主張するが、右主張の事実を認めるに足りる証拠はなく、また、そもそも、法に規定された課税要件に従った適法な課税処分に対し、それが憲法三〇条及び八四条に反するとの主張は、それ自体失当である。

四  過少申告加算税賦課決定処分について

1  過少申告加算税が、租税債権確保のために納税者に課せられた税法上の義務不履行に対する一種の行政上の制裁であることに鑑みると、国税通則法六五条四項に規定する正当な理由がある場合とは、そのような制裁を課すことが不当若しくは酷と思われる事情の存することをいうと解すべきである。

2  本件についてみるに、本件で原告が株式売買による収入を所得として申告しなかったのは、原告が故意にこれを隠したものではなく、前記三で認定したように、原告の三回にわたる問い合わせに対して、各税務署職員が、前記したように税務官庁の公的見解とはいえないとしても、いずれも誤った回答をしたことにその原因がある。

3  とするならば、前記した過少申告加算税の趣旨からすれば、本件において、原告にこれを課すのは酷に過ぎ、相当でない。

したがって、本件過少申告加算税賦課決定処分は、すべて不適法といわなければならない。

五  結論

以上の次第であるから、原告の本訴請求のうち、延滞税についての部分はこれを却下し、過少申告加算税賦課決定処分の取り消しを求める部分は理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 稲葉耶季 裁判官 近藤昌昭 裁判官 平塚浩司)

別表一

本件課税の経緯

<省略>

別表二の一

沖縄証券株式会社コザ支店における取引-1

<省略>

別表二の二

沖縄証券株式会社コザ支店における取引-2

<省略>

別表二の三

沖縄証券株式会社コザ支店における取引-3

<省略>

別表二の四

沖縄証券株式会社コザ支店における取引-4

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別表二の五

沖縄証券株式会社コザ支店における取引-5

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別表三の一

沖縄証券株式会社コザ支店における取引-1

<省略>

別表三の二

沖縄証券株式会社コザ支店における取引-2

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別表三の三

沖縄証券株式会社コザ支店における取引-3

<省略>

別表三の四

沖縄証券株式会社コザ支店における取引-4

<省略>

別表三の五

沖縄証券株式会社コザ支店における取引-5

<省略>

別表三の六

沖縄証券株式会社コザ支店における取引-6

<省略>

別表三の七

沖縄証券株式会社コザ支店における取引-7

<省略>

別表四の一

沖縄証券株式会社コザ支店における取引-1

<省略>

別表四の二

沖縄証券株式会社コザ支店における取引-2

<省略>

別表四の三

沖縄証券株式会社コザ支店における取引-3

<省略>

別表四の四

沖縄証券株式会社コザ支店における取引-4

<省略>

別表四の五

沖縄証券株式会社コザ支店における取引-5

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別表四の六

沖縄証券株式会社コザ支店における取引-6

<省略>

別表四の七

沖縄証券株式会社コザ支店における取引-7

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